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「禅友に贈る書」からの抜粋 |
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| 信仰の章より |
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ここに確認して頂きたい大切なことがある。
それは、他が確かめようのない【間】を「Aと信じて」埋める行為と「Bと信じて」埋める行為と、逆に「Aと信じない」として埋める行為と「Bと信じない」として埋める行為とに、どれほどの違いがあるか、という問題である。
一般的には、正反対になるので「どれほどの違い」どころか「全く違う」と言われるであろう。
しかし丁寧に見ると、時間をかけて研究・思考したとしても、【間】を埋める行為は、結局は埋める行為をした当事者の「思い込み」でしかない。
厳しく見れば、行為をした当事者の「恣意的な思い込み」だ。
「きっとそうに違いない」
「こう解釈すれば整合性が取れる」
「ある法則性を見出せる」
「そこに意思を感じる」
と考えてみても、「信じる」世界にいる限りは、やはり「恣意的な思い込み」である。
「信じる」と言った瞬間「信じない」と言っているのと同じことで「同位の意志の発露」である。
当然、そこに「優劣」はない。
「同位の意志の発露」は「信じる」と言った瞬間「信じない」と言っていると同じ
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| 学術研究の章より |
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昭和初期、曹洞宗に「正信論争」と言われた論争があったと聞いている。学術研究で「仏法」が解明出来るとする研究者と、参禅修行し解脱を実証しなくては「仏法」は解明出来ないとする僧侶の論争だ。これからも何度も申し上げるが、学術研究では「仏法」を解明することはない。職業としての仏教研究者を一般人が否定することは礼を失したことなのかも知れない。
しかし、お許しを頂き話を先に進める。
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| 曹洞宗の章より |
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曹洞宗に沢木興道氏がいた。「宿なし興道」として有名な僧侶である。酒井得元氏はその弟子である。また、内山興正氏、弟子丸泰仙氏もその弟子になる。それぞれ活躍された僧侶として名を知る人は多い。一般人が有名な僧侶を批判することは礼を失した事かも知れない。しかし、お許しを頂き、話を進める。酒井得元氏の「考え方」が、おおよそ沢木興道氏から弟子達に嗣がれた「考え方」になる。
沢木興道氏の存在が「曹洞宗の僧侶だから解脱は求めない」「道元禅師は悟りを求めてはならないとお示しですので、悟りを求めることは良くないことだ」の「考え方」を、さらに増幅させたと言えるかも知れない。
酒井得元氏は長らく駒澤大学に在籍されていたので、その「考え方」に親しみを持つ僧侶が曹洞宗には沢山いる。少し長いが酒井得元氏の論文「坐禅入門」からその「考え方」を見ていく。
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| 修行の章より |
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「煩悩を全部すり潰して、煩悩がなくなることなど、なかなか出来るものではないから、生まれ変わり死に変わり修行し続けることによって、始めて『悟り』に達することが出来のであり、気の遠くなるような未来世にしか、悟りに達することはない」
という「考え方」へ流れる。
そして、最後は
「この世で悟りを開くことなぞ不可能なことだ」
となる。
仏法についての「解釈」の原因は、八番目の『円相』の『そのものになる』ことが《さっぱり分からない》ことから来る。
それほどまでに『そのものになる』ことは厄介なことなのかも知れない。
ではなぜ『そのものになる』修行が《さっぱり分からない》のであろうか。
さらには『身心脱落』が
「この世で悟りを開くことなぞ不可能なことだ」
して受けとめられてしまうのであろうか。
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| 釈尊の章より |
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こで重要なことは釈尊ですら、解脱する前の修行中は、結果として何が起こるのかが分からなかったことだ。真っ暗闇に独り旅である。結果的に「悟」を得て、それを『仏』『涅槃』とか表現したが、釈尊以前にはそのような「悟」を明示した者はいなかったのであるから。釈尊は師無くして目覚めた。
今日の人も同じだ。師から『仏』『涅槃』『解脱』『悟』とか、いろいろ言われても、教典・祖禄を読んでも、修行者はそれが何なのか、そして何が起こるのかが《さっぱり分からない》のである。修行の旅に出た時の釈尊と同じ不安の状態である。
解脱していない前の姿は、釈尊も祖師方も、そして今日の人も同じ。
釈尊も歴史上の普通の人である。今日の人と同じだ。
従って、今日の人も安心して真っ暗闇に独り旅立って頂きたい。
そして、必ず釈尊を証明することになる。
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